センスよく生きようよ
著者紹介:秋川リサ

第11回

食の好み

食の好みは人それぞれだ。和食好きもいれば、
「最近、イタリアンばっかだよ」
と言う友人もいる。

「いつからイタリア人になっちゃったの?」
と笑うと、
「そうなのよ。でね、私なりに原因を考えてみたの。
そしたらね、うちの母のせいじゃないかと思うのよ。なにしろ、料理が下手だったんだよね。
ハンバーグとかナポリタンとかつくってくれるんだけど、どうして、こんなに美味しくなくつくれるんだろうって思うくらい、ひどいの。カレーでもよ。
だから、美味しかったのは給食よね。私の味覚は、給食で育っちゃったんだな」

そして、
「父なんて、夕食時に帰って来る人じゃなかったし、昔の男って、家族に無関心だったじゃない。
父が文句言わなかったら、子どもたちは文句言えない時代だからね。弟なんて、今や、ご飯そのものに興味ないもんね。
私たちの時代、食育なんて言葉もなかったしね。でもね、そのおかげで、弟の嫁さん、楽してるって」
と言って、笑った。

「でも、だったら、イタリア人にならずに、和食通になって、日本人になればよかったのに」
と言うと、
「あなたは、おばあちゃん子だから、ちっちゃい頃から、煮物とか魚とか食べてきただろうけど、私ほとんど食べてないからね。
今の給食は、ご当地グルメとか、カニが一匹出てきたりするらしいけれど、私たちの時代の給食はねぇ、結構お粗末だったわよね。
そこで味を覚えた私としては、イタリアアンみたいな、わかりやすい味がいいんだと思う。
出汁のコクだとか、わかんないというより、興味ないし、生魚食べられないから、お寿司も嫌い」

彼女は私より3歳年下のバリバリのキャリアウーマン。
それこそ、キャリアウーマンという言葉が出てくる前から大学卒業後、大手メーカーで働き、初の女性課長になったと、当時は週刊誌にも載った人だ。
独身を通し、高層マンションの一室と、バンコクにコンドミニアムを持っている。

「世の中からは、女の勝ち組って言われるけれど、執行役員に残るか、定年退職をして退職金をちびちび使いながら、バンコクで暮らすか?
物価が安いから、老後を考えてバンコクにコンドミニアム買ったんだけれど、今からバンコクで友人つくれる自信もないわ。
高くても、ハワイとかにしておけばよかった。アメリカ人からだったら、日本人は10歳以上若く見られるっていうから、まだ結婚のチャンスもあったかもよねぇ」

「バンコクで、超金持ちの独身じいちゃん探しなさいよ」
と言うと、
「無理無理、日本女性は男性に尽くすって、タイ人は信じこんでるのよ。
私、尽くさないもんっていうか、料理もできないし、掃除も嫌いだし、今さら子どもも産めないし」
「大丈夫よ、アジア人の金持ちだったら、いっぱいお手伝いさん雇っているから、何にもしなくて大丈夫よ。綺麗な格好して、夕飯一緒に食べて、一緒にお酒飲んで、後の夜のおつきあいは、あなたのテ!ク!ニック!!」
と言って、二人で大笑いした。

食の好みの違いや、料理をつくるつくらない、料理自体が好きか嫌いかは、幼少期の家庭環境だけが影響するわけではないだろうが、私の友人たちの中でも料理に興味がない人たちの中には、家庭料理をあまり食べたことがなかったり、親の味つけに馴染めなかった人もいる。
また、それが反面教師になって、中学時代から、自ら台所に立って夕飯づくりを始め、プロ級になった人もいる。

我が家に集まる料理好き友人たちと一緒に、たまに変わったものをつくる。
なぜ変わったものをつくるかというと、私は、今や日本は世界で一番、ご飯の美味しい国だと思っている。
世界の日本食ブームもさることながら、イタリアン、フレンチはもちろん、アジアの味やあまり馴染みのない国々の料理を、日本人はもちろん、本国の人たちにまで納得させる、日本流のアレンジで、外国人観光客も舌鼓を打つ。

「イタリアより日本のピザのほうが美味しい」
と、イタリア人が勧めるお店が日本にはあるくらいなのだから。
故にお金を出せば、美味しいものは何でも食べられてしまう。
だったら、日本ではほとんど食べられないものをつくってみようではないかということで、料理好き友人がたまに集まるのだ。

ハギスをつくろう。
これはスコットランド料理で、茹でた羊の心臓、肝臓、肺、オート麦、たまねぎ、ハーブを牛脂とともに羊の胃袋に詰めて茹でるか蒸す詰めもの料理だ。一度つくったことがあったが、その時は羊の胃袋が手に入らず、ジップロックに入れて茹でた。
「内臓料理は、ちょっと無理かも」
と言っていた友人にも、好評だった。

でも、このハギスには逸話がある。
フランスの大統領は、2005年、ロシアの大統領、ドイツの首相との会談の中で、イギリス料理の例としてハギスを指して、
「ひどい料理を食べるような連中は信用がならないということだ」
と言ったとか。
イギリスの新聞は猛反発したが、イギリスの大臣は、
「ハギスに関してなら、フランス大統領のご説はごもっとも」
と返したと言う。

母国でも、賛否両論のある料理。
今回は、羊の胃袋も手に入り、スコットランドの典型的なつくり方をそのままつくることにした。
これは、ネットの威力、なんだって手に入るし、なんだって調べられる。
10人の友人が食べた結果、5人が、
「美味しい、すごく好き」
「はじめての味、気に入った」
「これ、余ったらコロッケとかにしても美味しそう」
そして、あと5人は、
「なんなんだかなぁ。一味、足りない?」
「匂いもないし、まずいってわけじゃないんだけれど、しょっちゅう食べたいもんでもないな」
息子にいたっては、
「外交問題に発展する食べ物であることは確認できた」
とみんなを笑わせた。

食の好みは人それぞれ。
それだけに、万人が納得できる世界中の料理を提供する日本の食文化は素晴らしい。
ハギス第三弾は、ジャパニーズアレンジが必要だ。