センスよく生きようよ
著者紹介:秋川リサ

第10回

才能はまだまだ眠っている

人間の才能は、いつ発揮されるかわからないものだ。
定年で仕事を辞めて、母親の介護をしながらパソコンを学び、80歳でプログラミングに挑戦し、81歳でアプリ開発をし、アップル社にも賞賛された日本人女性がいる。

人生100年時代を見据えた、柔軟な思考法。ついに、国連でも講演をなさったそうだ。
「80過ぎたら、人は進歩しないと思われがちですが、必ずしもそうではないんじゃないかしら。私だって、この年齢でも少しは進歩している」と、さらっとおっしゃる。

そう、私も日々(人間死ぬまで成長)と心に誓い、頭脳の成長、心の成長を時に怠けたくなっても、自分の心に叱咤激励して、毎日を過ごそうと思っている。
だからこそ、1935年に生まれて、今なお現役の女性の生き方、考え方に触れると、勇気が湧く。

「でも、その人、60代よりもっと前にパソコンに出会っていたら、もっと早く、もっとたくさん、アプリも開発できたんじゃないの?」
と言った人もいたが、そういうことではないと思う。自分の人生に新風をもたらす物や人との出会いは、その時期に出会ったことが必然であり、運命なのではないかと思う。

「私は努力をしていない。好きなことをやっていたら結果的に成功した」
エジソンの名言だが、彼が言うように、好きなことに出会うということは、意外とむずかしい。
ましてや働き盛りの年代には、仕事に追われ、好きで始めた仕事だったはずでも、文句も言いたくなるわ、やめたくなるわ、だから、エジソンの言う、「私は努力をしていない」と言いつつ、好きだという気持ちを大切に、結果がすぐ出なくても諦めない、放り出さない、逃げ出さない、心との葛藤の末の結果で、嫌いにならない努力はかなりしたんじゃないだろうか。

好きなことで身を立てる。これは、たいへんむずかしいことなのだ。
もう30年以上のつきあいになる飲み仲間に、江上真悟さんという役者さんがいる。
私が30歳の時、下北沢の本多劇場で上演された「カリギュラ」の舞台で共演した。1ヵ月近い稽古中の帰りにはよく一緒に飲みにいった。

それから10年後、今度はサンシャイン劇場の「マクベス」でご一緒した。
この作品は、次の年、京都公演、さらに次の年、大阪公演となったので、京都、大阪でもよく一緒に飲んだ。
彼は文学座の演劇研究所を出た人で、由緒正しき王道演劇集団を経て役者になった人の多くは、酒酌み交わしながら演劇論で論破したり、時には喧嘩になったりする人が多い中、 彼との飲み会は笑いが絶えない、最高のストレス解消になる酒席だった。
なんといっても、彼のジョークは絶妙で、お腹抱えて笑うこともしょっちゅうだった。

その後、私が今の家に引っ越して、近所で買い物をしていたら、
「おーい、リサさん、こんなところで何してるの?」
「ああ〜〜エガミチャン、久しぶり。あなたこそ、ここで何してるの?」
「えっ、俺の家、すぐそこ」
「あら〜じゃ、ご近所さんじゃない。私、引っ越してきたの、この街に」

その日から、しょっちゅう近所で飲むようになった。娘もお酒が飲める年頃になると、一緒にくっついて来るようになった。
「ママ、エガミチャンって、最高! 彼のジョーク、本当におもしろい。ママが落ちこんだら、エガミチャンと飲むといいよ! 最高のストレス解消法だわ」

なにしろ彼と飲むと、信じられないくらい、笑って、笑って、笑って、そして元気が出る。彼を悪く言う人に出会ったことがない。
一度でも、彼と飲んだことがある近所の人たちは、みんな彼のジョークの虜になってしまう。
「あんな、おもしろい男は会ったことない。毎日でも、一緒に飲みたいよ」
わが町には江上ファンがたくさんいる。

そのエガミチャンが快挙を成し遂げた。
第34回産経国際書展新春展で、一般応募の部の最高賞である産経新聞賞に輝いた。
「エガミチャン、いつから書なんてやってたのよ?」
「3年前くらいからね」
「たった3年で、賞までもらっちゃったの。どこに、その才能隠れていたんだろう?」
「才能なんて、大げさなものじゃないよ。字を書くことが好きなだけだよ。夜中に、好きな字を、満足できるまで書き続けることが好きなだけ」

エガミチャン、還暦間近になった時、劇場のロビーで素晴らしい書の展示を見て感動、感銘を受けて、すぐさま師匠の門を叩いたそうだ。
エガミチャン22歳、広告代理店に就職が決まっていた春、文学座の役者と出会い、研究所の試験を受けたら、受かって、役者になった。
「芝居も、書も、偶然の巡り合いがあって、今に至るってことよ」
偶然の巡り合いこそが、必然の巡り合わせに違いない。

「リサ、一文字なんか書いてあげる。何がいい? 喝、毒、魔とかどう?」
と言って、エガミチャンは笑った。
「う~ん、やっぱり、愛がいい。私の永遠のテーマだもん」
「一番書きたくない字、言うね~~。愛の無い生活をしている僕に」

1ヵ月過ぎただろうか?
「出来たよ、愛」
素晴らしい、愛の書。一文字でもこんなに感動するんだな。
いや、一文字だから、これまた素晴らしいのだ。
躍動感のある書体、愛が飛んでいる。
「ありがとう、エガミチャン、家宝にします。立派な額に入れて、リビングの壁に飾ります」

才能は幾つだろうが、その顔を出す時があるんだね。
私にだって、まだ、自分で見つけていない才能が、どっかに眠っているかもしれない。
エガミチャンのジョークも好きだけど、突然、書の才能を見つけ出したエガミチャンの生き方も大好きです。