センスよく生きようよ
著者紹介:秋川リサ

第29回

シェアハウスの住人

1年前から、うちのシェアハウスに住んでいるキャロルが言った。
「ね〜リサ、私、ブスになった?」
キャロルは20歳の時に、アメリカの大学から交換留学生として、京都大学に1年やって来た経験があった。
彼女は日本文学や日本文化に小さい頃から興味があり、高校時代から日本語の勉強をし、アメリカの大学でも日本語を専攻したそうだ。

京都での1年間の生活は勉強漬けで、
「日本の大学生は、本当に一部の人しか一生懸命勉強しないのに、驚いた」
後日、キャロルは私にそう言って、こうも続けた。
「アメリカの大学は授業料も日本の大学より何倍も高いし、日本みたいに親が出す人は少ないわ。学生ローンを組むか、奨学金を取るか、なかには軍隊に行ってお金を貯めてから大学に来る人もいる。
日本の学生はほとんどが親がかりで、自分のお小遣い稼ぐためにバイトして、授業も単位取れるギリギリしか出ない。
本当にもったいない。大学生の時にもっと学べること、たくさんあるのに」

ごもっとも! わが家の息子、娘も、アメリカの大学を出したので、私が生活苦になるのではないかと思うくらい、お金もかかったし、留年された日には、わたしゃ、破産だわ!と心配した時期もあったが、2人とも4年以内に卒業してくれて、ホッとした覚えがある。
キャロルは私に、
「リサも日本のお母さんなんだね。学生ローン組ませることは考えなかった?」
実は、その当時私には、その知恵がなかった。
今だったら、ネットで調べて少しは私も楽できただろうに!
もう後の祭りだ。
キャロルは、
「でも、リサの子どもたちはちゃんと勉強したってことだよ。
アメリカの大学は、入るシステムも日本と違うけれど、入るより卒業するほうが、すごくむずかしい。
私も最後の1年は図書館に入り浸って、友だちは本だけだったよ」
と笑った。

キャロルは、京都大学に1年通った後、アメリカの大学に戻り、卒業して、2年前に東京支社がある外資系IT企業に就職をし、1年前からわが家にやってきた。
そして、あの質問、
「私 ブスになった?」
「何? 何かあった。キャロルはブスじゃないよ」
彼女は、ブロンドに近い栗色の髪に、ブルーアイ、アメリカ人にしては小柄だが、スタイルもよく、ほとんどの日本人が綺麗!!と思う子だ。
性格もいいし、明るく活発な24歳。
知性派の文武両道、理想的な娘じゃないか。

そんな子が、なんていう質問を真剣にするのか?
「顔も綺麗だし、スタイルもいいし、心もブスじゃないし、なんでそんなこと思ったの?」と聞くと、
「私、高校生の頃からひとりでカフェテリアにいたりすると、男の子が『もし、待ち合わせとかじゃなかったら、一緒にお茶しない』とか、声かけてくるし、街を歩いていても、誰かしら毎日、声をかけてくれた。
日本にはじめて来た時は、勉強に一生懸命だったから、気にならなかったけれど、働きはじめてもう2年、誰も私に声をかけない。
私、日本のなかでは、ブスなのかなって、なんか女性として自信なくしそう」

なるほど。
たしかに、日本でもセンスないナンパするチャラ男はいるが、彼らはさすがに外国人には声をかけないらしいというより、
「俺、英語できねえし、外国人、無理」
で諦めているのだろう。
私も若い頃、海外に行けば、
「どこから来たの? もし、よかったら明日、ランチ一緒にいかが?」
なんて結構、声をかけられたこともあったわ!
もちろん、男側だって、下心はたっぷりあるのだろうが、
「明日は予定がある」
と私が言えば、
「じゃ、明後日の夕飯は?」
「もう明後日は、この町にいない」
と答えれば、
「それは残念、またいつか、どこかの街であなたに出会えたら、その時は必ず一緒にご飯食べましょう。素敵な旅を」
なんて言われて、誘い方もスマートなら別れ方もスマート。

「あのね〜キャロル、日本人は女の子を誘うのって、めちゃくちゃ勇気がいることと思っている男子が多いんだよね。
自信がないのか、断られたら恥ずかしいみたいな、特に、外国人っていうだけで、もう頭っから無理って思ってるんじゃない?」
「私、日本語しゃべれますよ。
外国人の友だち欲しいとか、思わないの?
女の人に声かけてOKと言ったら、すぐセックスのことしか考えないんですか?
日本の男性は? 人間関係つくりたいとか、異文化を知りたいとか、友だち増やしたいとか思わないの?
そうしていくうちに、恋愛につながるかもだけど、まずは知り合わなかったら、何も始まらないよ。
何、勇気必要? 断られたら恥?
まだ、私は日本の文化、全部理解できてないですね。
残念です、自信なくします」

日本男子が外国の女性を誘わないのが日本文化かどうかはわからないが、
確かに、外国人というだけで尻込みする日本人は、男女問わず多くいる。
24歳の聡明で美しい彼女に自信をなくされると困るので、
「会社の人は、誰か素敵な人いないの。
いろんな国の人たちが集まっているでしょう?
日本人じゃない人のほうが、女性を誘うのはスマートだと思うけど」
と私が言ったら、
「外国から日本に働きに来ている若い男子は、ほとんどが東洋の女性がタイプの人たちです。偉い人たちは結婚しているし会社にはチャンスない。
恋愛とか結婚の前に、日本人の男友だち欲しい、私、それだけよ」

おい、日本男子、センスよくキャロルを誘う人はいないのか?
娘にその話をしたら、
「ママ、外国に行ったらよくわかるじゃない!
私たち女二人で大きなトランク、飛行場の荷物回っている所から引き出そうとしていると、必ず男が何人か駆け寄ってきて一緒に引き上げてくれたり、カート持ってきてくれたりしてくれるでしょう。
別に下心なくても、女性には親切だし、でもそんな中に出会いがあったりするから、彼らは自然に女性に近づく術っていうか、なんていうのかな、習性? いや、本能?
子どもの頃からそういう光景いっぱい見ているから、自然にできる。
その延長線で、タイプの女性を見かけたら街でだってスマートに声をかけられる。
でも、日本の空港に帰ってきたらわかるでしょう。
誰一人、日本の男は手伝ってくれないじゃない。
子どもの頃から女性に対する接し方を習ってないの。
だから、キャロルに言っておいて。
この男と友だちになりたいと思ったら、流暢な日本語で、あなたから声をかけるしかないよって、日本では」