センスよく生きようよ
著者紹介:秋川リサ

第9回

久々のラブレター

佐々木すみ江さんという素晴らしい女優さんがいらっしゃる。
1980年だったと思うけれど、パルコ劇場でアガサ・クリスティ原作の『情婦―検察側の証人』が舞台化された。
映画監督で高名な市川崑さんが舞台演出をし、岸恵子さん主演で当時話題になって、私も観に行った。

私は青春時代、アガサ・クリスティの大ファンで、多分、全作品読んだと思う。その中でも『情婦―検察側の証人』は、私の中でのベストスリーの一つで、それが舞台化されるのだから、胸弾ませてパルコ劇場に向かった。

岸恵子さんも素晴らしかったが、もうもう、佐々木すみ江さんの演技に圧倒された。
本当に圧巻の演技だった。証言台に立つ家政婦の役で、身のこなし、声のトーン、控えめな雰囲気を醸し出しながら、意志の強さや微妙な心の動きを見事に演じておられ、立ち上がれないほど感動した。

今でもその場面は目に浮かび、着ていた衣装や帽子まで覚えている。
その後、ドラマでご一緒することがあり、憧れの女優さんと同じ現場にいられることだけで、私は幸せだった。

私の大好きな尊敬する先輩女優さんは、あと三人。八千草薫さん、草笛光子さん、そして野際陽子さん。

野際陽子さんは知性的な雰囲気をお持ちでいらっしゃりながら、シリアスからコメディまで幅広く演じられる方で、残念ながら私は共演したことはないが、多くの共演者に慕われ、お人柄のよさが醸し出されている対談や記事を見て、いつかお仕事をご一緒したかったけれど、残念ながらお亡くなりになってしまった。

でも、その旅立ちも見事だった。ギリギリまで現場に立ち、多くの共演者に病気であることを知られることなく、プロに徹し、弱音を吐かず、老いて哀れという姿も見せず、清々しく旅立たれた。
終わりよければすべてよし、と言わんばかりの見事な旅立ちだった。

八千草薫さんは、何をなさっても、どんな役をなさっても、品がある。
私は日頃から思うのだけれど、品だけは何かを学んで身につくものではないように思う。どんな高学歴でも、どんな金持ちの子どもでも、立派な家系の子孫でも、残念ながら
(品、ないなーー)
って感じる人はいる。

昨今は、財閥や政治家、官僚などが、品のないことをやってくれるから、品を身につけるということは、どうすればいいか、もう一度考え直す時期がやって来たのかもしれない。
残念ながら八千草さんともお仕事をご一緒したことがなく、いつか遠くからでもいいから、あの品のある方と同じ空気を吸ってみたいと願っている。

草笛光子さんは、日本ミュージカル界のパイオニア。80代になっても、舞台で踊る役をなさること自体、素晴らしい。その裏にある努力は、計り知れない。しかし、それを自ら何一つおっしゃることなく、プロですからという、毅然とした立ち姿が美しい。

いくつものミュージカルを私は観客として拝見し、実際には身長は158センチしかおありにならないのだそうだが、舞台であんなに大きく見える女優さんは、他にはいないと思った。もちろん、身長が高い女優さんはたくさんいらっしゃるが、身長の問題ではなく、存在感。

背の高さを超える存在感。歌い踊る姿に、他の共演者がかすんでしまうほどの存在感は圧巻だ。
そして今なお、テレビ・舞台・映画で活躍され、髪を染める女優さんが多い中、プラチナブロンドが品よく似合う女優さんのナンバーワンだ。

唯一、お仕事をご一緒にさせていただいた佐々木すみ江さんを先日、テレビのバラエティ番組で拝見した。そして、ソファから転がり落ちそうになった。
なんと、なんと、オン年89歳。
凛とした佇まい、滑舌のよさは昔からだが、人間年とりゃ多少はふがふが喋っても不思議ではないが、まったく見事にそれがない。現役プロそのもの。
年ってなんなんだと考えさせられた。
共演した若い男優さんが、佐々木さんからアドバイスを受けたエピソードを 披露した。

「今の若い俳優さんは、セリフの語尾から空気が抜ける言い方をするけれど、語尾ははっきり最後まで言い切る。そういう芝居ができる役者になりなさいね」
と言われたと。

もうもう、そうですよね。あのセリフじりの
「○○いきましたぁ〜〜」
「○○ですかぁ〜〜」
「○○いきますぅ〜〜」
「上手く行きましたねぇ〜〜」
文字では上手く表現できないが、若い俳優さんの出るドラマを観て、ここのところといっても、もう10年くらい、なんなんだかなって気になっていた。

なんで空気の抜ける語尾にみんな、なっちゃうんだ? そういう役作り? 流行り?
たしかに、テレビドラマではセリフの言い回しが流行りになることもある。
キムタクさんのセリフ回しは話題にもなったが、あれはキムタクさんがするから、彼の個性であり、彼がやるから魅力的なんであって、誰もがやったってキムタクさんは 一人だけだ。

空気の抜ける語尾。
佐々木さんが指摘してくださって、私はホッとした。
時代とともに芝居の表現は、多少変化していくこともあるだろうが、基本はやっぱり基本だよね。

セリフはきちっと相手につなげる。だらしない語尾は、気になるよね。ああ、もちろん監督や演出家から語尾をだらしなく話す役作りにしてと言われたら、そうしなければ、だけれど。
ここのところ、役作りというよりは、流行りのように多くの若い俳優さんたちがそうするので、たまにイラッとしていた。

佐々木さん、またいつか、お仕事ご一緒したいです。
そして、もっともっと芝居の奥深さを身近で感じさせていただきたいです。

尊敬する佐々木すみ江様。
これは、ラブレターだな。