センスよく生きようよ
著者紹介:秋川リサ

第6回

ターダッキン

ターダッキンって、知ってます?
アメリカ料理というか、サンクスギビングデー、いわゆる感謝祭に食べる七面鳥料理の一つだ。

日本では、お盆やお正月に家族や親戚が集まるが、アメリカでは、このサンクスギビングデーとクリスマスに、家族揃って食事会をするみたいだ。
わが家はアメリカンナイズされてるわけではないが、何かにつけて食事会をする。だって食事会にでも誘わなきゃ、娘も息子も、そうそう実家には顔を出さず、母としては、ちとさみしい。

食事会には 友人たちも巻きこんで、いつも10人から20人近く集まってくれるから、料理に腕もふるいたくなる。
ホームパーティーですかと聞かれるが、パーティーってドレスコードがあったり、もうちょっと気取ったイメージがあるが、うちのは単なる食事会。
老若男女集まって、近況報告、情報交換、恋愛相談、時事問題、なんでもありの、食って呑んで、呑んで食っての集まりだ。

元旦のおせち料理からはじまり、節分には恵方巻き会をし、3月3日はひな祭り、4月4日はゲイの友人たち中心のひな祭り!? 
5月5日はこどもの日と私の誕生日プラス母の日、6月は息子、娘の誕生日会。
7月、8月、9月はこれといった記念日がないので、夏バテ防止夏野菜食べ放題会だったり、バーべキュー、ソーセージをつくる会、誰も本物は食べたことはないスコットランド料理、ハギスをつくる会 (これ、めちゃくちゃ大成功。内臓料理なんだけれど、うまかったとはいえ、本物は誰も食べたことはないのだが)。
10月はハロウィン、11月はサンクスギビングデー、12月はクリスマスと (どれも、その近辺の土曜日にするのだけれど) なんだかんだ、ひと月に最低1回は食事会。
それ以外にも、なにかと理由づけして、だいたい週末は、誰かわが家にいる。

私はこの食事会を、わが家の餌づけ作戦と思っている。おいしいものや珍しいものをふるまえば、自然に人は寄ってくる。料理好きの面々も集まる。
食べること中心の連中は 洗いものやお酒のサービスをしてくれる。近所の若い男子は買い出しのときの荷物持ち、拭き掃除隊、役割分担が自然にできあがってくるから、準備段階から何人か集まって、わいわいガヤガヤ、食べる前から楽しいのだ。
それに1ヵ月以上、私から食事会の誘いがなかったら、あれ、 死んだか? 大丈夫? 病気か? と、気にしてくれるだろうから、生存確認してもらえるための餌づけでもある。

で、ターダッキンだ。
娘から、
「ママ、彼がもう4年もサンクスギビングデーの家族料理食べてないって、しょげてるから、代わりに作ってあげて」
「なに言ってんの、あなたの彼なんだから、あなたが作りなさい」
と私が言うと、
「うち、オーブンないし、サンクスギビングするよって人集める理由になるんだから、ママも嬉しいでしょう」
娘には、見抜かれている。

ま、たしかにそれまでの11月はキノコ鍋会くらいだったから、もう一つイベントが加われば、またみんなで楽しめる。

娘の彼はアメリカ人だ。私は、
「サンクスギビング料理って、ターキー焼けってこと?」
と聞くと、
「そう、ターキー食べたいんだって。ママも私も、ターキーあんまりおいしいって思ったことないよね。なんか、パサパサしてて、でも、それがいいんだって。じゃ、ママ、任せた、よろしく」

さっそく料理好きの友人を集めて作戦会議って、これも飲み会になってしまうのだが。その中で、ターダッキンっていう言葉が、もっちゃんから出てきた。
「YouTubeで見たんだけど、ターキー1匹の中に、チキン1匹を入れて、その中にダック、つまりアヒルを入れた料理があるんですよ。で、ターダッキンって命名されてる、どうせなら、それ、しましょうよ」
もっちゃんらしい。
彼は歴史研究家。なんでも、下調べを完璧にこなす。
日米ハーフの俳優で翻訳家のリッキーが、
「僕、アメリカに住んでた時にも、そんなものは食べたことないですよ。ターキーの中にチキンとダック入れるってことは、まずはターキーを解体するんですよね」
もっちゃんは、
「そう、お腹開いて、関節はずして、骨抜いて、チキンもダックも同じように解体して、 全部骨抜きにして、スタッフィングを詰めて成形して、お腹を縫って焼く」
これ、料理の話か?

サンクスギビング1週間前に、ターキーを買った。13キロ、こういう重いものを台所まで運んでもらうためにも、食事会イコール餌づけが大事なのだ。
冷凍を溶かすのに3日、その後、解体作業が始まった。小さなチキン1匹くらいなら 私もできるが、今回は13キロの七面鳥、男手が必要だ。

もっちゃん、リッキー、リッキーの彼女が張り切った。
もっちゃんの下調べは完璧。消毒用アルコールから、手術用ゴム手袋まで用意されて、ダイニングテーブルが完璧な手術台になり、解剖教室さながら、見事にターキーもチキンもダックも骨抜きにされた。
「いやあ、食べる前から、こんなはじめての経験できるなんて、なんか興奮しました。どんな鳥でも、これからは解体できますよ、僕」
とリッキーが言えば、
「ビデオに全部、工程を収めたので、後で見直しして、来年のサンクスギビングは、もっと段取りよくできるようにしますね」
さすが研究家のもっちゃんだ。

そして、これからが私の出番。
3種類の肉を、それぞれたっぶりの塩麹に漬けて冷蔵庫で寝かせて、サンクスギビング前日に、娘の彼氏のママから送られてきたスタッフィング(詰め物)のレシピで、スタッフィングを再現して、三体合体させてお腹を縫い、ターキー丸々、オイルマッサージをして、当日はバターを塗って、オーブンに放りこんだ。

息子は「ターダッキンの日本名は鬼畜の食べ物だな」と言って笑った。
総勢16人、たらふく食って飲んだ。
塩麹のお陰で、パサつきやすいターキーもしっとりし、「うまいうまい」と娘の彼氏はじめ、みんなが褒めてくれて嬉しかった。

娘の彼や息子の彼女を交えての食事会、彼らにとっては親や友人たちに認められている関係と思うだろう。でも、適当なつきあい方や下手な別れ方ができないな、という布石にもなってるわけよ。