センスよく生きようよ
著者紹介:秋川リサ

第25回

シェアハウスのすすめ

2011年元旦を迎え、わが家で子どもたちとおせち料理を食べながら、お互い今年の抱負などを話したり、楽しい時間を過ごし、2人の子どもたちがそれぞれの家に戻っていった後から、なんだか心がフーッと小さくなっていくように感じた。
(もう、私の役目は終わったんだな)

2008年秋、私の母の認知症は決定的になり、2年の在宅介護の末、2010年秋に母を介護施設に預け、娘もわが家を出てひとり暮らしを始めた。
息子は就職が決まった3年前にひとり住まいを選んだので、ついに私は、わが家でひとりになってしまったわけだ。

施設に入った母の介護は、在宅介護よりは手はかからないとはいえ、精神的にも経済的にも負担は大きかった反面、深夜徘徊をする母を追いかけ回さなくてもいいという安堵感はあった。
子どもたちも社会に迷惑をかけることもなく、大病や大怪我をすることもなく無事に成人に達し、それぞれ正社員として就職をして、自力で家も借り、年相応の人生を楽しみながらの生活を謳歌していることにホッとするはずなのに……
これからは私の人生再出発、大いに自分のためだけの時間を楽しめるはずなのに……なんで、心がしぼんでしまったのだろう。

おせちの後片づけをして、1階の自室に戻ってそれから2ヵ月、私は3階にあるリビングダイニングに上がることはなかった。
軽い鬱が再発していたのかもしれないが、1階の自室は玄関脇にあり、外に出るのも楽。トイレ、バスも2階途中にあるため、自炊をしなければ3階にあるリビングはもう行く必要がなくなってしまったのだ。
冬眠状態に陥ってしまったかのように自室で眠る、眠る、眠る。
もちろん仕事には行くのだけれど、終わればさっさと帰宅、近所の行きつけのカフェバーでちょこっと飲んでちょこっと食べて、1日1食で眠る。
なんだったんだろう、あの2ヵ月。

冬から春の気配を感じはじめた2ヵ月後、なぜその日に限ってリビングに行こうと思ったのか?
暖かい日差しに誘われたのか、冬眠から覚めたかのようにリビングに向かった。
誰も使わないと、さほど汚れないものだ。思ったほどチリも積もっていない。
冷蔵庫の中もおせちで材料は全部使い切ったから、調味料くらいしか入っていなかった。冬場だったから、窓も閉めきっていて、虫なども入ってこない。
と思ったリビングの中央に、幅1センチ、長3センチ弱の茶色い物体を発見した。
干からびたゴキブリだ。

わが家は今まで、ゴキブリをほとんど見たことがない。
1年に1匹くらい、さまようゴキブリを見るが 即対処をするので、その後1年は見ない。だからわが家は、ほとんどいない家と思っていた。
北海道から遊びに来た友人が、
「北海道にはゴキブリがいないから、東京ではじめてゴキブリを見たときは気を失いそうになるくらい怖かった。
リサん家は周りに飲食店もたくさんあるじゃない?
東京のそういうところは、下水道を通してゴキブリとかネズミが上がって来るって聞いたけど、ここは大丈夫なんだ。よかった」

また、彼女はこうも言った。
「私の北海道の小学校時代の友だちが関東の学校に転向してね、ゴキブリ見つけてカミキリムシの新種だと思って、虫かごで飼って、毎日、果物の皮とかあげてたんだって。
ゴキブリだって、友だちに言われてすぐ捨てたらしいけれど、人間が絶滅しても生き残る太古から生き続ける貴重な虫と思ったら、夏休みの研究課題にするのもいいかもね」

そうだ、その太古から生き抜く、コンクリートさえ食べると言われているあのゴキブリが、どんな状況でも生き抜くと言われているあのゴキブリが、我が家のリビングの中央で餓死しているのだ。
こんなこと、我が家で起こしていいのか? 私!

今思えば、子ども部屋など要らなかったかもと思えるのだが、なぜなら、彼らがそこを使った期間、息子10年、娘13年、建設当時は私も見栄はっていたんだな。
子どもたちにもそれぞれの個室をつくり、私の部屋、おばあちゃんの部屋、いずれ子どもたちが孫を連れて来たときのためなんて思って、客間。
リビングダイニング以外に4部屋空いていて、慌ててその4部屋にも何かしらが餓死していないか見に行った。

その夜、いつも行くカフェバーのマスターに、
「ゴキブリが餓死する家って、やばいというか、まずいよね。
いっそ、売って、1LDKとかに引っ越したほうがいろいろ楽になるのかなぁ」
と言いながら、内心ではなんとかこの家は残したいと思っていた。
なぜなら、子どもたちの実家を私がつくったという自負もあったから。

マスターが言った。
「東京、空き家増えてんですよね。もったいないよね。
リサさんの所も空き家みたいなもんですよ。
部屋活用してないもんね。貸せば?」
「えっ、じゃ、私はどこに住むの?」
「いや、いや、そこに住んでていいんですよ。
シェアハウスって知りません? 部屋貸し!
昔の書生さん置くって感じの現代版、これからこれ、流行りますよ、シェアハウス」

それからの私の行動は早かった。
まずは全部屋の徹底掃除からはじめて、壁の修繕も業者に頼んだ。
シェアハウス専門の不動産屋を探し、写真撮影。
入居条件を決めて、募集。
もう冬眠などと言ってる場合ではなくなった。
春とともに同居者を増やす。
だけど、まさかあんなに子どもたちから反対されるとは、これだけは想定外だった。この続きは、また次回。