センスよく生きようよ
著者紹介:秋川リサ

第24回

本能の偏食

毎年、秋になると、なぜか油揚げか牡蠣(かき)を異常に食べたくなる。
年によって、どちらかに偏るのだが、油揚げの薄味煮浸しを何枚も食べる自分は、きつねに取り憑かれたのかとゾッとする。
何日かそういう日が続き、ある日もののけがとれたかのように (もう いらない)となる。あれは、何なのだろう?

牡蠣が巷に出回る時期、何がなんでも毎日、牡蠣を食べたいというと衝動に見舞われ、頭の中が牡蠣でいっぱいになる。
毎日、牡蠣をほうれん草とミルクで煮て食す。何日かそれが続くと、体が安心したのか、 (もう いいわ)となる。
それらの症状?があらわれるのは、必ず11月頃だ。そろそろ冬の始まりを感じる時期だ。人間も動物だから、体が本能的に冬眠の用意をするために、食いだめをしたいと働くのか?

でも、なぜ油揚げか牡蠣なのか?
日々めちゃくちゃ食べたい大好物というとわけでもないものを、毎年取り憑かれたように食べたくなることが、自分でも意味がわからない。
前世が熊だったら、サケか蜂蜜を食いだめして、冬眠に入るのだろうが、サケには見向きもしないのだから、どうも前世は熊ではないらしい。
私は、食べ物の好き嫌いがまったくないことが自慢の一つだが、その時期だけ偏食家になってしまう。

よく「健康維持や体重維持に、何かやってることありますか?」と聞かれるが、まったく何もしていない。
運動はあまり好きではないし、というより、運動にはあまり縁がなかった。
4歳から3年間バレエを習っていたが、7歳で肺の病気にかかり、毎週注射を受けて、4年間体育の時間も日陰で見物を強いられていた。
臨海学校や遠足に行けば、帰りは必ず熱を出すような虚弱児だった。だから、はじめて体育に参加して、ドッジボールをしなければならないことになった時は、ボールが怖くて逃げ惑っているばかりだった。

中学に入った頃から体が丈夫になって、器械体操部に入ったが、それほど厳しい特訓があったわけでもなく、運動をすることが楽しいとも思えなかった。
15歳で仕事を始めると、
「怪我でもしたらたいへん、親の死に目にも遭えない仕事なのだから 救急車で運ばれるようなことは一切してはいけません。霊柩車で運ばれるまでは現場に行きなさい」
と所属事務所の社長に言われ、一切スポーツは禁止された。
10代後半から事務所に内緒でジャズダンスを習いはじめたが、仕事の合間を見つけてのレッスンだったから、技術の進歩を楽しむという域にも達しないうちに事務所にばれて、
「踊れるんだったら、レビューショーやミュージカルの仕事もできるわね」
と言われ、息抜きのはずのジャズダンスのレッスンが、仕事のための訓練になり、いやいや行く日も増えて、楽しむまでにはならなかった。

最近は筋肉維持をしないと足腰弱るお年頃だから、ジムにでも通おうかと口では言うが、 まったく行動には反映しない。
食べ物に関してもなんでも食べるが、野菜中心とか、何品目必ずとるとか、サプリメントで補助するとか決まりもなく 食べたい物を食べたい時に食べ、飲みたい物を飲みたいだけ飲む。
私の生活の中に、ストイックという言葉はない。ただひたすら、自分の本能のまま暮らしている。
その本能が、油揚げか牡蠣と叫ぶ時期になると、眠りも変化してくる。

冬が近づくと、なにしろよく眠る。
年をとると、早起きになるとか、眠りが浅くなるとか言われるが、まったく私にはない。むしろ、一日中寝てろと言われれば、喜んでと苦もなく寝られる。時には食後すぐに寝てしまい、昼近くまで熟睡してしまうのだから、むしろ目が覚めた時に (ああ、目覚めてよかった。一生寝たままでなくて助かった)と 笑ってしまう時もある。
食べたい物をたらふく食べ、眠りたいだけ眠る。これは、私にとってはやっぱり冬眠なのかもしれない。そして、春になると、もう一つ私の体に変化が起こる。
1~2週間なのだが、ネギ類を受けつけにくくなる。
どうなるかというと、ある日オニオンスープを飲んでいたら、急に喉が締めつけられたようになって、口の中がどんどん腫れていくような感覚に見舞われた。
実際に腫れたのかは確認できなかったが、その日から、ネギ類が入っているものを口にすると、同じ感覚が現れ、病院に行くほどじゃないよねって思いつつも、ネギ類を避けるようになった。
ハンバーグやシチュー、カレーやスープ類には玉ねぎは欠かせないから、これらはNG。肉じゃが以外の和風煮物にネギなし味噌汁が中心の食事を1~2週間続けると、嘘のように症状がなくなり、その後はネギ類も平気で食べられるようになるのだ。

未だに何故なのかわからないまま、繰り返す春のこの症状を、毎年、病院に行くべきかと思いつつも、いずれなんでも食べられるようになるのだからって病院にも行っていない。
秋にきつねに取り憑かれたかのように油揚げを食べたり、牡蠣を爆食いし、眠れるだけ眠り、春にはネギ類に呪われつつ、後に和解し、夏を迎える。
まあ、私のように本能のままの生活をすると、動物の血が騒ぎ、このような不思議な現象が起こるのかもしれない。
ただ、この年齢で眠りが深く長すぎるとか、一時的にでも何かを食べるとアレルギー反応とも思える症状が出るのは、何かの病因かもしれない。
病院行ったほうがいいのかなと思いつつ、春を待とう。