センスよく生きようよ
著者紹介:秋川リサ

第20回

芝居を観る

久しぶりに芝居を観に行った。
私自身も演じるという表現の中では、舞台が一番好きだ。
舞台には消えていく魅力がある。
同じセリフ、同じシチュエーションを毎日繰り返していても、相手役の間合いがちょっと違うだけでも、昨日とは違う表現になることもある。

稽古を長いことして、初日を迎えるのだが、本番に入ってから、お客様の反応で気づかされることもあったり、舞台は毎日成長していくものだ。
じゃ、初日より千秋楽のほうがいいのかと聞かれれば、そうとは限らないと言える。
初日には、初日ならではの勢いや情熱が半端なくみなぎるから、これはこれで、初日のよさだ。

観劇が好きな、通と言われる方は、
「初日と千秋楽は、必ず観るのよ。役者さんたちの成長も感じられるし、初日は、こっちも期待と興奮でドキドキしながら観てるから、あらすじを追う中で、聞き逃してしまうセリフもあったりして、で、改めて千秋楽を見ると、あ〜ぁ、こんないいセリフもあったんだとか、初日はセリフを言ってる人ばかりに目が行っちゃうけれど、千秋楽はあらすじもわかっているから、セリフを聞いてる周りの役者さんたちの反応を見られる余裕もあって、この役者さん、すごく上手いリアクションしてるとか、違う感動があるのよね」
とおっしゃる。

また、違う通の方は、
「舞台って、観客と役者の共同作業で出来上がるものだと思う。もちろん観客は、観ているだけなんだけど、客一人一人、それぞれの、大げさに言えば、人生背負って観に来てるわけで、失恋した日に観れば、どんなコメディも悲しく感じるし、反対に、ハッピーなカップルが悲劇を観ても、こんなことは、自分たちにはあり得ないって思う。
だけど、その後、自分にも悲劇的なことが起きた時、初めてあの芝居の意味がわかったり、映画だったら、今や借りて見ることができるから、見直せるけれど、舞台は、あの日、あの時、あの劇場で、あの役者での再現は二度と出来ない。
心に残っている記憶をつなぎ合わせて、今なら理解できる、あのセリフや役者の表情を思い出す。
幕が降りたら、同じ気持ち、同じ状況では二度と観ることができないお芝居が好きだな」
そう、舞台は、その日観に来てくださったお客様一人一人の心の中に残って、消えていく。

去年、友人のミッキーが出演している『MOTHERマザー~特攻の母 鳥濱トメ物語』を観に行った。
正直、友人が出ているからおつきあいで観に行くっていう感覚で、女友だちとあまり期待もせず観に行った。
女友だちも、
「20年ぶりかしら、お芝居観るのって。初めて、お芝居を観に行って、あまりのつまらなさに二度とお芝居は観ないって、決めてたの。リサが行かないって言ったら来なかったわ。ミッキーが出ているから、今日はおつきあい。つまんなかったら、悪いけど二度と私をお芝居には誘わないでよ。あんまり期待してないし」
お芝居という分野に関わっている私としては、痛いお言葉。

役者は与えられた役を演じる。
その舞台の構成や演出に、いささか疑問を感じたとしても、プロだから、やれと言われれば演じ切らなければならない。
降りるなんていう勇気は私にはない。
確かに、役者や演出家の自己満足にしか思えない芝居もあっったり、よっぽどの通でない限り、理解しがたい舞台もある。
難解不思議なお芝居が好きな人にはいいだろうが、観劇初心者が、最初にそのような舞台を観てしまったら、女友だちのように、二度とお芝居は観ないという気持ちになるのも、いかしかたない。

3時間近く芝居は続き、幕が降りた。
私も女友だちも、恥ずかしくなるくらい泣いていた。
私の隣に座っていた20代前半の青年も、周りをはばからず号泣していた。
女友だちが、
「観に来てよかった。ちょっと気になる部分もあることはあるんだけれど、やっぱり史実にのっとった本当の話ってすごいわね」
と言った。
私も正直、あそこはもうちょっとこうしてほしいとか、えー、その芝居、違わない! とか、評論家でもないのに、生意気な考えが頭をよぎった部分はあったが、初舞台の役者も多いと聞いて、今の若い役者さんたちが、よく73年前の、敗戦直前の特攻兵を見事に演じていたことも感動した。

今年も、この芝居にミッキーが出ると聞いて、なるべくたくさんの人に観てほしいと思った。
戦争の残酷さや、これが当時の歴史上の事実として知ってもらいたいという思いもあるが、芝居を観るっていうことが、敷居の高いことと思っている人にも観てほしい。
女友だちのように、一度つまらない芝居を観てしまったばかりに、芝居嫌いになった人にも観てほしいと思った。

近所のバー兼たこ焼き屋さん(私もミッキーも常連さん)のマスターや、いつも見かける常連さんたちに、是非、一緒に行こうと誘った。
うちのシェアハウスの住人、ザック23歳とその同級生のアイザックも誘った。
日本語がかなり理解できる2人のアメリカ人青年にも、日本の特攻隊の真実を知ってほしかったし、ミッキーは彼らの友人でもあり、彼の役は敗戦後の駐留軍として日本に来た実在の人物でもあり、戦争によって両者の立場や環境がどう変わっていったのかも知ってほしかった。

去年一緒に行った女友だちも、もう一度観たいと言って参加した。
総勢10人、国籍・年齢・職業・男女関係なく、みんな泣きに泣いた。
来年もまた観たいと、みんなが言った。そして、友人を誘いたい、娘に観せたい、今度は母も連れてきたい。誰も、芝居はもう観たくないと言う人がいなくて安心した。
この『MOTHERマザー~特攻の母 鳥濱トメ物語』という作品は、今年10年を迎えている。
来年も続けてくれるだろう。来年は、観劇初心者たち20人は連れて行きたい。