センスよく生きようよ
著者紹介:秋川リサ

第5回

「お願い、わかって」ちゃんの今

若い頃、私は「お願い、わかって」ちゃんだった。
一人歩きする自分自身のイメージ。コマーシャルや雑誌の企画で、明るくのびのび 元気に育った、何の悩みもない女の子。
今思えば、ありがたいこっちゃ!じゃないか?
小心者で、自分に自信がなく、些細なことにグチグチ悩み、それをわかってもらえないと、また被害妄想的考えになる。

「なんで、みんな、本当の私をわかってくれないのだろう?」
「なんで、みんな、私の本心を知ろうとしないのだろう?」
私の本心や本性を、コマーシャルや雑誌で振りまくなど、スポンサーサイドにはいい迷惑なことだと、今になれば、
(バカだね! 私も、ある意味、いい気になっていたのかね!)
と、自分の馬鹿さと若さを笑えるのだが。

当時は、
「ねーねー、私をわかって、お願い、わかって」ちゃんだったわけだ。
「私、こんなに一生懸命仕事しているのに。私、こんなに一生懸命生きているのに」
ちょっと仲よくなると、誰彼かまわず、自分の一生懸命!さを訴えていた。
ある日、言われた。
「バカでも利口でも、みんなそれぞれ、一生懸命生きているんだよ。口では適当にとか、ダラダラやってるとか言う人がいても、それを本心だと思ってたの? 本当に? あなた一人だけが一生懸命生きてる人?」
何も答えられなかった。
自分をわかってもらいたい、それ故に、自分の立場ばかり主張して、周りを見ていなかった。結局、自分勝手だったわけよ。図々しかったのね。自分一人だけが一生懸命だなんて。

仕事を一生懸命する。当たり前のことだ。好きな仕事だとか、好きではないとか、自分に向いているとか、向いていない仕事とか、目の前にある仕事にそんなことを言ったら、仕事に申しわけない。
仕事をすることで、金銭の報酬を得、自分の生活ができる。うちの場合は、親と祖母の生活もかかっていたが、仕事があったからこそ、みんなの生活が安定した。
仕事、様様。
そんなありがたいものを、一生懸命するのは当たり前なのだ。

「一生懸命しています」とか「頑張ります」っていうことが好きでなくなったのは、いつ頃からかな?
これらの言葉に、青臭さを感じるようになった頃からか?
若きアスリートたちや○○の新人たちが揃ったように、「一生懸命やります」とか「本気で頑張ります」と言うのを聞いて、
(そりゃ、当たり前だろう。そういう立場なんだから、もっと違う表現はできないのか)なんて感じるのは、私だけ? まあ、インタビュアーたちも押しなべて、この返事を待っているし、聴いた側も優等生対応に安心するのだろうが!

自分も若い頃、これらを連発していたのだから、とやかく言える立場ではないが。
最近、私はあまり言いたくなくなった。一生懸命や頑張るは、生きていくうえで当たり前のことで、本来は青臭い言葉ではないと思っている。

やたら最近出てくるのは、頑張る主婦、頑張るお母さん、頑張るサラリーマン、そして その後に続くのは、忙しい、たいへんよね、疲れるよね、という言葉。
本当に、それだけなのかな。一生懸命頑張って、結果が疲れるだけならやめたほうがいい。そこに、達成感とかは感じないの? 多忙な日々が続いても、そこに充実感は感じないの?
私はシングルマザーで、育児と仕事を両立させて (あー疲れた)と言う日も多々あったけれど、幸福感のほうが疲れより上まわっていた。
寝る時間もないほどのスケジュールで、たいへんな仕事もあったけれど、出来あがった作品を観て、スタッフとの連帯感と達成感を感じて涙が出た。
忙しいなんて、ありがたいことだ。

朝起きて (今日、何したらいいだろう)なんて考えなきゃならなくなる前に、自ら忙しさを求めたほうが、日々の充実感を持てるじゃないか。
過労死するほど仕事をしろ、自分自身が壊れてしまうまで育児や介護をしろとは言わないが、自分自身を自分で褒めてあげたくなるような、一生懸命頑張ることは悪くはないはずだ。
だから、一生懸命頑張るは、私は心に秘めても、口で連発したくなくなった。

知らない人から「頑張ってください、応援しています」と声をかけられることがある。「ありがとうございます」と、にこやかに大人対応するが、実は何を頑張れと言われているのか、意味がわかんない。
それに、他人のために私が何を頑張れば、応援が続くのか、それも意味がわかんない。いや、実は社交辞令的、テレビかなんかで観た人の私への気軽な挨拶なのだろうが、内心 充分頑張っている私に、
「これ以上、何を頑張れって言うんですか?」
「なんであなたのために、私が頑張らなければいけないんですか?」
「あなたこそ、自分で頑張ればいいじゃないですか」
って喧嘩売りたくなっちゃう。もちろん、しないけどね。

「いろんな番組やお芝居に出て 感動を与えてください」
と言う人もいる。これも社交辞令の挨拶なのだろうが、いやいや、これには 困ってしまう。
だいたい、いろんな番組や芝居にこっちから出たいと決めれる立場ではない。
私たちの仕事は、感動を与えるのではなく私が表現したことで、お客様にあわよくば、何かしら感動していただければ、もうそれだけでありがたい。感動を与えるなんて、おこがましい。

自分勝手さや図々しさ、独りよがりやおこがましさを日々封印しつつ、今年は禁句でもつくってみるか?
疲れた、一生懸命、面倒くさい、無理、言いわけ、頑張る……
やっぱり無理だ。禁句を増やしたら、文章も書けなくなり、言いわけもできなくなっちゃうよ。